大判例

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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18979号 判決 1997年9月24日

原告

甲野太郎

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤隆信

被告

乙山一郎

被告

丙川二郎

右三名訴訟代理人弁護士

鳥飼重和

森山満

多田郁夫

舟木亮一

被告

丁村三郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社新潮社、被告乙山一郎及び被告丙川二郎は、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告丁村三郎は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  右1及び2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告株式会社新潮社(以下「被告会社」という。)は、平成七年一二月一四日、週間新潮一二月一四日号(以下「本件雑誌」という。)を発行、販売した。

2  本件雑誌の発行人は被告乙山一郎、編集人は被告丙川二郎であり、いずれも被告会社の従業員である。

3  本件雑誌には、次の記載内容を有する記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。

(一) 甲野太郎弁護士に絡む様々なウワサ(目次における大きな文字の見出し)

(二) まったくお騒がせな弁護士である。

(三) テレビのワイドショーのレポーターがマイクを向ければぶぁーかものと悪態をつき、

(四) 実に奇妙な弁護士なのだが、その甲野氏をめぐり、数々の妙なウワサが絶えないのもまた事実である。

(五) そもそも、誰も引受け手のいなかった麻原教祖の弁護人に名乗りを挙げた時からして妙だった。

とにかく新聞の三面記事を隅から隅まで読んで金になりそうだと思うと留置場にとんでいく。

“私が手掛ければ無罪になる”と、接見する相手に売り込むんです。あの北浜の女詐欺師、Aに直接会いに行って、断わられたそうですからね。

(六) 彼にとっては、事件の内容や弁護活動なんてあまり重要ではない。つまり金になりそうな事には何にだって首を突っ込もうとする人なんです(甲野氏を知る弁護士の話)。

(七) 巨額な報酬とは裏腹に、甲野弁護士がやってきたことといえば、

何をもって弁護活動というのか難しい問題ですが、僕の知っている限り、この六月以降彼がやったことといえば、留置場の麻原とオウムの東京総本部との間の連絡係を務めただけではないでしょうかね、と、丁村弁護士はいう。

(八) 結局、何もせずに半年間で二千四百万もの大金を手にしたことになる。

(九) 労せずして、金を手に入れる事で言えば、福岡県で計九人から訴えられている預託金返還問題もある。消費者金融などに借金を持つ多重債務者から債務整理を依頼され、預託金を受け取りながらも何の活動もせずに手続を放置してしまっている。とにかく面倒くさがり屋で、書類には目を通さず、書くこともしない。横領したといわれても仕方がないですよ(福岡市の司法記者)。

(一〇) 叩けばいくらでもほこりが出そうな甲野氏。

(一一) 大阪での弁護士活動は、もっぱら暴力団関係の仕事だったという。

(一二) 彼が関係していたのは、山口組総本部の下の下の三次団体。しかもやはり弁護士らしい活動はしないで金だけ取っていたという話。暴力団からも愛想を尽かされてしまっているのが現状ですよ(甲野氏を知る弁護士)。

(一三) ともあれ、この人ほど言うことなすこと、すべてがハチャメチャな弁護士もいないだろう。

さて、甲野弁護士の次なる依頼人はというと、密かにB代議士を狙っているという。

4  被告丁村三郎は、平成七年一二月四日ころ、被告会社の従業員から、原告がオウム真理教教祖である麻原彰晃こと松本智津夫の刑事被告事件における弁護人としていかなる活動をしたかについて質問されたのに対し、自己の発言が本件雑誌に掲載され、原告の名誉が毀損されるであろうことを認識しながら、請求原因3(七)記載のとおり発言した。

5  原告は、本件記事を掲載した本件雑誌が多数発行、販売されたことにより、著しく名誉を毀損され、甚大な精神的損害を被ったもので、右損害を慰謝するには、本件記事を掲載した被告会社、被告乙山一郎及び被告丙川二郎に対しては連帯して金一〇〇〇万円、請求原因3(七)の発言をした被告丁村三郎に対しては金一〇〇万円を支払わせるのが相当である。

6  よって、原告は、被告会社に対しては右使用者責任に基づき、被告乙山一郎及び被告丙川二郎に対しては右共同不法行為に基づき、連帯して元金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為日(本件雑誌の発行、販売日)である平成七年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告丁村三郎に対しては右不法行為に基づき元金一〇〇万円及びこれらに対する不法行為日(右発言日)の後である平成七年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4のうち、被告丁村三郎が自己の発言によって原告の名誉が毀損されるであろうことを認識していたことは否認し、その余は認める。

3  同5は否認する。

三  抗弁

1  事実の公共性

(一) 本件記事は、発行当時弁護士であった原告の、弁護士としての地位に関する様々な噂を取り上げ、世間一般に存在する弁護士の地位に対する評価、信用に反する原告の弁護士としての適格性を批判的に論じた記事である。

(二)(1) 弁護士は法曹の一員として司法作用に深く関与する高度の公共性に関わる職務を遂行するのであるから、一般人とは異なった職務の廉潔性や高度の倫理観が要求される。そのため、弁護士の地位にある者は、その携わる職務自体に高度の公共性が認められ、それにふさわしい言動が社会一般から要求される。

(2) 本件記事内容は、原告が弁護士という公的地位にあることが適格かどうかという事項に関する表現行為であり、そのこと自体から、本件記事内容が公共の利害に関する事項であるということができる。

2  目的の公益性

(一) 抗弁1で主張したとおり、本件記事内容は、原告の弁護士としての地位の適格性に関する言動を批判的に取り上げた内容の記述で一貫しており、原告の弁護士としての地位に関わりのないもっぱら個人的な言動等をのぞき見的に記述するといった、単なる個人攻撃に終始するものではない。

(二) 以上により、本件記事は、その目的において公益性が認められる。

3  事実の真実性及び相当性、論評の公正性

(一) 請求原因3(一)は、何らの虚偽もない見出しである。

(二) 同(二)は、原告が、訴外麻原彰晃こと松本智津夫(以下「麻原」という。)の刑事被告事件第一回期日の前日に弁護人を解任され、その後再任され、さらには再解任された結果、世間を騒がせたという客観的かつ公知の事実を指して、コメント及び論評を掲載したにすぎない。

(三) 同(三)は、原告の法曹人としての品位に疑問を呈する記事であり、ここにいう「悪態」とは正に公正な論評である。

(四) 同(四)は、客観的事実をそのまま掲載しただけである。

(五) 同(五)については、次の事実関係に照らし、真実性、相当性を有するというべきである。

(1) 原告は、あらゆる弁護士が麻原の弁護人を受任しなかったにもかかわらず、麻原と面識もないままに留置場に赴き、麻原と接見し、自らを売り込んで受任したものである。

なお、原告は、週間現代一九九五年一二月一六日号に掲載されたインタビューで、麻原の弁護人を受任した経緯につき、原告はいきなり麻原に接見したわけではなく、元オウム真理教信者が、ある者を介し、ある山口組系暴力団員をして原告に受任を依頼したことから麻原に接見し、受任した旨明らかにしているが、仮にこれが真実であったとしても、暴力団員からの依頼により、面識もない麻原の留置場に接見するといった、およそ刑事弁護の受任としては異例な事実関係からして、原告が「事件あさりをする弁護士」、「押し掛け弁護士」という事実には疑いなく、したがって、原告がいきなり麻原に接見したか、元オウム真理教信者からの依頼(原告に直接依頼したのは山口組系暴力団員)によるかの点に食い違いがあったとしても、それは、原告の社会的評価、名誉権に何ら影響しない、非主要部分ということになるのであって、名誉毀損における違法性を阻却する事由として何ら不足するものではない(名誉毀損における記事内容の真実性、相当性については、その主要部分についての真実性、相当性が証明されれば足りるとする最判昭和五八年一〇月二〇日判例時報一一一二号四四頁及び最判平成元年一二月二一日判例時報一三五四号八八頁参照。)。

(2) 原告は、依頼もされないのに、山口組元顧問弁護士で、平成三年に恐喝未遂容疑で逮捕されたC弁護士に接見し、その弁護人となろうとしたが、断られている。

(3) Aの関係については、仮に本件記事内容が真実でないとしても、それによって原告の「押し掛け弁護士」との評価には何ら影響するものではなく、本件記事中、Aに関する部分は、その非主要部分でしかない。

(六) 同(六)ないし(八)については、次の事実関係に照らし、真実性、相当性を有するものであり、また、付されたコメントは公正で、客観的な論評というべきである。

(1) 原告は、麻原の刑事弁護の報酬として、月額金四〇〇万円、解任されるまでに合計金二四〇〇万円もの報酬を得ており、通常の刑事事件の報酬基準から相当程度かけ離れている(なお、原告は、右のような高額の報酬を受けたのは、原告がマスコミと証する暴力集団に危害を加えられた場合に受けるべき補償を含んでいるからであるとするが、そのような補償が弁護士報酬に含まれることこそ異例である。)。

(2) 原告は、麻原の弁護人を第一回公判期日前に解任され、公判には何も関与していない。

(3) 原告は、右事件受任中も、オウム関連事件弁護士で構成される「神無月の会」からも批判されていた。

(4) 麻原の刑事事件は、我が国の刑事事件でも有数の大事件であり、日本弁護士連合会会長が、右事件を一人の弁護人で処理するには不安である旨表明したにもかかわらず、原告は、自分一人でまかなえると公言してはばからなかった。

(5) 原告は、福岡県の依頼者から債務整理を受任し、金員を受領しながら、何ら事件に着手せず放置していた(請求原因3(九)参照)。

(七) 同(九)については、原告が、その所属する大阪弁護士会から右事実関係について、懲戒処分を受けた処分理由となっていることに照らすと、何ら問題はない。

(八) 同(一〇)については、原告は、弁護士の職務上知り得た秘密を正当な理由なく開示し、弁護士の職務とおよそ関係のない自らの入浴場面と札束を勘定している場面を写真撮影させ、これを週刊誌に掲載することを承諾する謝礼として金員を受け、麻原の検察官に対する供述調書を週刊誌記者に開示し、その謝礼として金員を受けたなどの事実により、右大阪弁護士会から懲戒処分を受けているものであって、正に「叩けばいくらでもほこりが出る」のであるから、客観的事実をそのまま掲載したものとなっている。

(九) 同(一一)及び(一二)については、原告自身、かつて暴力団関係事件を手がけていたことを認めている。

なお、原告は、手がけた暴力団関係の事件数が「もっぱら」ではなく「相当数」にすぎないこと、原告が関係していたのは「三次団体」ではなく暴力団幹部クラスであることを強調したいようであるが、そもそも、真実が原告の主張どおりであったとしても、本件記事の内容と真実との食い違いは、原告の評価に何ら影響もない、本件記事の非主要部分でしかない。

(一〇) 同(一三)につき、その前段部分は、本件訴訟を見ても、客観的事実そのものであり、後段部分は、被告新潮社の記者による本件記事の全事実関係を基礎事実とした、原告自身の弁護士としての言動に対する結びのコメント、論評であって、やゆ的批評であり、それ自体原告の社会的評価には何ら関係もない部分である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)及び(二)(1)は否認し、(二)(2)は争う。

2  同2(一)は否認し、(二)は争う。

3  同3(一)ないし(一〇)は全部否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらの各記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1(一)  請求原因1ないし3については、当事者間に争いがない。

(二) ところで、原告は、請求原因3(一)ないし(一三)により、原告の名誉が毀損された旨主張するが、ここにいう名誉とは、客観的に存在する原告の人格価値そのもの(内部的名誉)ではなく、原告の人格価値に対する社会的評価(外部的名誉)を意味すると解される。なぜなら、内部的名誉は、その表現された内容の主体である人物(以下「名宛人」という。)についていかなる情報が流布されたとしても、それによって当該名宛人の価値に影響を及ぼすものではないからである。

そして、ある表現行為によって、名宛人の外部的名誉が毀損されたといえるためには、当該表現内容が、名宛人の評価を低下せしめるだけの具体的事実を摘示していることを要するというべきであり、逆に、たとえ名宛人をひぼうないし中傷する内容を含んでいても、それが抽象的な事実にとどまり、または、名宛人に対する感情を漠然と表現するにとどまっている限りにおいては、名宛人の名誉感情を害する可能性はあっても(すなわち侮辱に該当する可能性はあっても)、名宛人の外部的名誉を毀損するものではない。

(三) そこで、請求原因3(一)ないし(一三)の記事内容を検討すると、(三)、(五)ないし(九)、(一一)ないし(一三)は具体的事実を摘示したものといえるが(もっとも、(一三)の前段部分である「ともあれ、」から「いないだろう。」までの部分は、具体的事実を摘示したものとは言い難い。)、その余の部分は具体的事実を摘示してはいないので、この限りにおいて、原告の主張はその一部につき失当ということになる。

2  請求原因5について検討するに、<証拠省略>によれば、原告に対しては、本件雑誌が発行された平成七年一二月一四日以前において、既に、多くのマスメディアによって、弁護士としての活動内容に関する具体的事実、原告の弁護士としての適性等について疑問ないし批判を呈する文章等が掲載された書籍類が発行され、また、右各内容を有する報道がなされていたことが認められ(なお、乙第二号証は、同月一六日号として発行されたものではあるが、証人竹居鉄也の証言によれば、これは同月四日に発行されたものと認められる。)、特に、請求原因3(三)の事実は乙第八号証に、同(五)及び同(六)の各事実は乙第一一号証、第一三、第一四号証に、同(九)の事実は乙第八号証、第一五号証、第一七号証に、同(一一)及び同(一二)の各事実は乙第一一、第一二号証に明確に記載されている。したがって、本件記事内容は、おおむね同種の事項については何らかの形で報道され、ひいては公知の事実にまで至っていたということができる。

以上の認定事情に照らすと、本件雑誌が発行された当時、原告の外部的名誉が何らかの影響を受けていたとしても、それが本件記事に基づくと認めることは難しいと言わざるを得ない。

なお、原告は、その本人尋問において、本件記事が発行されたことにより、原告に対する中傷等が拡大した旨供述しているが、右認定事情に加え、原告自身、右尋問において、本件記事の発行以前から他人による不快な言動を受けていたことを認めている事情に照らすと、右供述は、原告の主観的感情を通した供述であって、客観性を有するものとは言い難く、採用できるものではない。

したがって、請求原因5の事実は認められない。

3  以上によれば、請求原因4及び抗弁について検討するまでもなく、原告の名誉毀損の主張は理由がない。

二  結語

以上の事実によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官柴﨑哲夫)

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